So-net無料ブログ作成

コンビーフ [思い出]

先日書いた「傷らだけの天使」の記事にいただいたコメントの中で
ショーケンが食べていたのは、ノザキというメーカーのものであるということを教えていただいた。

検索してHPを訪れてみると、なるほど見覚えのあるイラストのコンビーフ。
ノザキというのは、日本のコンビーフ発売のさきがけとなったメーカーということだ。

ショーケンが食べていたのは100%ビーフのコンビーフだろうが
私が食べていたのは馬肉がミックスされた安いニューコンビーフ(現ニューコンミート)であった。
しかも、ノザキじゃなくて明治屋のやつ。

考えてみれば、昔はけっこう食べていた。実家は田舎であったが、牛肉がまだ高価だった時代なので、コンビーフをよく食べていた。キャベツと炒めたり、そのままマヨネーズと和えてトーストの上に乗せたり。
なのに最近ではまったく食べていない。
最近というか、結婚以来二十数年ほとんど食べていない。
食卓に上るのは、松茸なみの珍しさだ。

なぜか?一番の理由はきっと、あのコンビーフ缶の開けにくさだと思っている。
開ける時に何度か怪我をしたことがある。
今のコンビーフも、クニクニと缶詰の筋(?)を巻き取って開けるような仕様なのだろうか。


あの白く固まった脂も健康に良くなさそうで躊躇する。
そして、コンビーフを食べなくても、普通に牛肉が食べられる時代になったからだ。
勿論、我が家などでは殆どアメリカンビーフかオージービーフ。たま~に和牛細切れを買うこともあるが・・[あせあせ(飛び散る汗)]

しかし、コンビーフを使ったメニューをノザキサイトで見ていたら
またまた食べたくなってきた。なかなか使えて美味しそう。
買ってみようかな、ノザキのコンビーフ(ノザキの回し者ではありません)

nozaki.jpg

私が食べていたのは明治屋のニューコンビーフ

meidiya.jpg

秋の夜長に泣ける曲:待ちわびて [思い出]

秋の夜長に泣ける曲ということで、青春時代の思い出の一曲が
コッキーコップで流れていた中沢京子さんの「待ちわびて」

私も懐かしの待ちわびてのライブ盤は見つけたものの、どうしてもコッキーポップで流れていたスタジオ録音盤が欲しくて、ずっと探していたら・・・
あったのです!
これもオムニバス盤で、その名も

喫茶ロック“愛色の季節”~ポニーキャニオン編

なんか恥ずかしくなるようなタイトルで・・。
しかし、この待ちわびてはまさに私がこの何十年ずっと聞きたかった「待ちわびて」でした。最初にフルートが流れてきた時には背筋がゾクゾクし、あ~~これだ!この曲だ!と一気に高校生の頃のあのモヤモヤした日々が甦ってきました。

その他の曲は

1. 愛色の季節(風コーラス団)
2. 鳥が逃げたわ(石川セリ)
3. モーニング・コーヒー(絵夢)
4. 空模様のかげんが悪くなる前に(Char)
5. 私の宝物(石川セリ)
6. うつろな日々(ピコ)
7. 待ちわびて(中沢京子)
8. デゾ・エレロ(NORA)
9. この歌もいつか(丘蒸汽)
10. 扉をへだてて(保福政春)
11. 結婚生活(ズーニーブー)
12. ひとつの朝(小坂恭子)
13. 屋根裏のリーナ(田舎芝居)
14. かもめ(Sea Gull)(沢チエ)

この中のいったいどれが
ロック風味なのでしょうか?(ーー;
4番のCharの曲がロックぽいと言えば言えなくもないぐらいです。
しかも、殆どの曲を知らない、歌ってる人達も知らない人が多い。

車にこのCDを載っけていたところ、助手席に座った虫子1号が
手にとって一言「喫茶ロック・・なに?プ・・」とつぶやいていました。
確かにプ・・だよなぁ。

にしきのあきら物語 [思い出]

ここのところ懐かしい70年代の音楽を取り上げられることが多くて
オールドタイマーの私としては懐かしさ炸裂の日々・・(^_^)

8日はにしきのあきら(現:錦野旦)が取り上げられていました。
70年代初頭、にしきのあきらや平浩二、野村正樹など
若手の歌手がいっぱい出てきてました。

今は廃刊になった明星や平凡で、毎号これらの若手の生活や生い立ちが取り上げられていましたが、いつだったか、どちらかの雑誌ににしきのあきら物語が付録でついていたことがあります。漫画で人気者の生い立ちを紹介しようというものですね。

何十年経っても忘れられない一コマがこのにしきのあきら物語の中にあります。九州のあまり裕福ではない家庭に生まれたスターにしきの。
子ども時代には酒癖の悪い父親が酔っぱらって帰ってくることがよくあったようで・・。

夕食後、面白いテレビ番組に釘付けの母と子ども達。
お母さんは夕食の後かたづけもしないで、そのままちゃぶ台(懐かしい)に食器を置きっぱなしで子ども達とテレビを見て笑っています。

そこへ酔っぱらったお父さん帰宅。

「なんだ、メシの後かたづけもしないでっ!」とお母さんを足蹴にするお父さん。

お母さんの悲鳴、子ども達の泣き声。

私も食後すぐに後かたづけができない時があります。
「ごちそうさま~」と言ってそのままリビングのソファへ・・。

座り込んで、テレビを見、新聞を読んでいる目の端に
ダイニングテーブルの汚れた食器が見えています。

すると、にしきの家のあの酔っぱらいのお父さんの怒鳴り声と
片づけを忘れてテレビに見入る、ちょっとだらしのないお母さんの姿が
目に浮かんでくるのです。
何十年経っても・・。
にしきのあきらをテレビで見ても何も思わないのに(乳ガンで亡くなった奥さん、好きでした)、夕食の後かたづけをしないままでいると、彼のお母さんが浮かんでくるのです。

その話が実話なのかどうか知りませんが、あのエピソードは私の中に何度もフラッシュバックしてきます。

私もだらしのないお母さんになっちゃった・・というところでしょうか(ーー;

ヤング720 [思い出]

私が小学生の頃、毎朝ヤング720(セブンツーオー)という音楽情報番組があり、それを見てから、大あわてで登校していたものだった。
TBS系の番組で、珍しい若者向けの音楽番組であり、当時大流行のGS(ガソリンスタンドではありません、グループサウンズ)のバンドが生演奏を聴かせてくれていた。

今調べてみると、司会は曜日ごとに代わり、関口宏や由美かおるなども、そうだったらしい。一番記憶に残っている司会は、番組途中で交通事故で亡くなった小柳徹と小山ルミのコンビ。今でも、セブンツーオー♪という曲と小柳徹のことは忘れようにも忘れられない。

当時よく出ていたのはタイガースじゃなかったかな~。
テンプターズもスパイダースもゴールデンカップスもジャガーズも
ズーニーブーもそしてカーナビーツも、みんなみんな若かった。

GSを聞いて育った世代としては、その頃活躍した人がどんどん亡くなって行くのが淋しくて仕方がない。
マモル・マヌー・・好きだったのに・・今いずこ~~。

袖口黒し(最終章) [思い出]

下の下から読んでね~~。

というわけで、書き始めたら止まらない私のへっぽこ文も
そろそろ終わりでありまする~。
またまた長い最終章の始まり~~。

A子は、社長のために、一人暮らしのつましい生活の中からお金を捻出し
社長のくせに着る物には無頓着な彼のためにブランド物のセーターを買ったり
ネクタイをプレゼントしたりしていた。

そして、古いアパートから、小ぎれいなマンションに移ることになったA子、家賃はもちろん社長持ち・・。

おいおい、愛人か?

しかし、何度も言うようにA子は「結婚するまでは清い関係でいたい」という前世紀中頃の古い考えの持ち主だったので、どうも本当に体の関係は無かったらしい。
それに近い行為はあったようだが(A子がクスクス笑いながら話してくれた)、最後の一線を越えなかったのは、社長の良心だったのかもしれない。

何年経っても、結婚の話すら出てこないA子と社長。
「そろそろいいんじゃないの?何でそういう話にならないの?」
「社長ってどこに住んでて、どういう人なの?」
私が聞くと、驚きべきことに彼女は、「社長の住所知らないんだ~。電話番号も・・」と言う!!

えぇぇぇぇ~~~??????
つき合ってる相手の住所も電話番号も知らないなんて!?

そんなのあるわけないじゃない!

A子によると、月~金までは会社で一緒だし、土日は泊まることはないけど、A子のマンションに社長が来る。
用があれば社長から電話がかかってくるという。

「こっちから連絡取りたい時はどうするの?」と聞くと
「待つしかない」と言う彼女。今のように携帯電話の無かった時代の古い話だ。

「住所知りたくないの?電話番号知りたくないの?おかしいよ、それ」と聞くと

「お母さんと一緒に住んでて、お母さんが○○町でお店やってるから、電話もお店の番号なんだって」と彼女。

初めて聞く話だが、そういわれたら、婆ちゃんのお店の電話番号聞いたって仕方ないよなぁ・・と妙に納得。

それなりに、年月が過ぎていき、私も結婚することになった。
結婚式に彼女も来てくれて「次はA子ね」と言うと、それはそれは嬉しそうにしていた彼女だが、私が結婚したことで、彼女なりに今の状態に不満や不安を持ち始めたらしい。

私以外の友人からも「住所も電話も教えない男なんて信用できないし、そんな男と何年もつき合ってるA子、おかしいよ」と言われ、とうとう社長にお店の電話番号でいいから教えて・・と迫った。
だが、しぶしぶ教えてくれた電話番号にかけてみても誰も出ない。
そして、どこかに転送されてるような音が聞こえ、あわてて切ったという彼女。

私も、そして、夫までも「一緒のベッドで寝ているのに手を出さないなんておかしい、絶対ほかに女がいるはず」と確信し、また彼女も社長に詰め寄っては「独身だっていうのが信じられないの?勝手に疑心暗鬼になってればいいだろ?」と逆ギレされ、ますます落ち込む・・の繰り返しが続いていた。

夜中に泣きながら我が家に何度も電話をかけてきた彼女。

私は絶対おかしいと思うのに、彼女にはそれが見えない。

そして、ある日、とうとう、真実がバレる時がきた。

「お母さんが出てきても何でもいい、とにかく彼の家に電話する!」

と電話してみたら、やはり、どこかに転送されて、出てきたのは

なんと、社長のいとこのお局様だった!

その時も彼女は会社に転送されたのだと一瞬思ったらしい。
しかし、夜の10時だ。会社には誰もいない。
なぜお局様が社長の家にいる?いとこだから?

グルグル回るいやな予感。

とうとう社長が白状した。
いとこだと言っていたのが実は妻であったこと。
会社ではいとこと言った方が仕事がしやすいから、そういうことにしていたこと。

何も知らないはずだったけど、A子が電話したからお局様妻にバレたこと・・。

はぁ~~。あのジャガー横田そっくりのお局様が、あの三谷幸喜似の社長の奥さんだったのか・・。知らなかった、わからなかった。他人にしては馴れ馴れしいし、態度が大きいお局様、いとこと聞いて、あぁそうかと納得していたのに、実は奥さんだったなんて。そういえば、社長はA子がプレゼントしたセーターやネクタイは決して会社にはして来なかったという。お局様にバレると困るから?

じゃ、奥さんがいるのに、あの真っ黒なシャツは何?

この期に及んで社長は「あいつは家事を全然してくれないんだ。掃除も洗濯も。だから全部クリーニングに出すんだけど、つい忘れて同じの何回も着てしまうんだよ。あいつとは冷え切ってるんだよ」とぬけぬけと言ったらしい。

だから、このままで。。と社長が言ったかどうかわからないが、彼女もこれで踏ん切りがついた、結婚できない相手と不倫なんかする気はサラサラないし、田舎の親にも「あんた、騙されて・・」と泣かれ、とうとう実家に帰ることになったA子。

今では、田舎で結婚し、二人の子供に恵まれ、忙しい日々を送っている彼女だが
襟や袖口の黒ずみに洗剤をこすりつけるたびに彼女を思い出すのだった。

洗濯もろくにしない奥さんなら、汚れたワイシャツ着てても不思議ではないけど
それで独身判定しちゃマズいよね・・。

さ・・・えりそで口洗い洗剤が無くなったから買いに行ってこようっと~~。

最後に、今でも不思議なのは、社長がなぜ体目当てじゃないのに
A子と何年もつき合っていたのかということ。
少しは彼女に愛情があったのだろうか。
結婚する気もないのに、女の20代後半を独占し、振り回してしまった責任をどう考えているのか?愛情があったなら、そんなことはできまい。
どうも、そこには「ブスなら何をしてもかまわない。怒らないだろう」というような
社長の奢りがあったような気がする。
A子よりも私が腹が立ったけど、当のA子が「もういいよ」と言うのだから仕方がない。



皆様、長々とおつきあいいただきどうもありがとうございました!




袖口黒し(その2) [思い出]

↓下の続きです。

A子は結局何年あの社長さんとつきあったのだろうか?

4年か5年か・・・。
花の20代後半を、あの男のために捧げたA子。

会社のみんなに知られてはまずいから・・と、二人がつき合っていることを黙っているように社長から言われたA子。もちろん、本人も、それが公になったら会社にはいられないという気持ちがあったと思う。

しかし、私に対してはオープンで、私の前でいちゃいちゃすることなどなかったが
一緒に飲みに行っても、おしぼりを渡したり、ドリンクを作ったり、まるで奥さんのように、かいがいしく社長に仕えるA子の姿を見ていると、この二人、いい感じだなぁと思ったものだった。

だが・・社長さんも30代半ば。奥さんや子供がいるという話しは全然聞こえてこないが、本当はどうなんだろうか?会社では表向き、独身ということだった。いとこのお局様なら本当のことを知っているだろうが、そんなことを聞けるわけもなく。
A子にも、実際「独身だよ」と言っていた社長。

「どうなの?本当に独身なの?」と聞くと、彼女はこういった。

「絶対奥さんなんかいないわよ。だって、ワイシャツの袖口やえりなんか真っ黒だもん!」

男兄弟もおらず、父親も会社勤めではなく、男のワイシャツがどんなに汚れるものか全く知らなかったA子と、そして私。

その話を聞いて、ある時、社長さんのワイシャツの袖口、後ろに回って、さりげなく襟首のところをチェック。。
確かに真っ黒!きったねぇ~~。社長なんだから、もっときれいなワイシャツ着たらどうなのかしら?着替えてないの?ってほど汚れていた。

なるほど、そうか!妻がいれば、そんな汚いワイシャツなぞ着せるわけがない。
A子、見るところはちゃんと見てるんだね~~。

妙に感心した私もバカだったけど、それを根拠に、社長が独身だと信じているA子も後から考えたら哀れなものだった。

そして最終章へと続く・・。

ながっ!!

袖口黒し(その1) [思い出]

doblog過去記事より

関口宏ならぬ、袖口黒し・・なんだ、そりゃ?
単なるダジャレ・・・にもなってないか。

朝、洗濯の際、夫や虫子達のワイシャツやブラウスの襟や袖口に「えり・そで用洗剤」をこすりつけるのだが、あんまり効果があるように思えない。

寒い冬で汗もあまりかかないだろうに、特に夫や虫男など男組のえり・そでの黒いこと、黒いこと!

時々、靴洗い用ブラシに石鹸をつけて、ゴシゴシ洗うのだが、生地が痛むだけで、劇的効果もなく、黒ずみはだんだん取れなくなってくる。

こんな汚いワイシャツじゃ「奥さんがいない」と思われても仕方ないかなと思いつつ
独身時代の親友A子を思い出していた。

A子は、会社の同僚だった。気さくで面倒見がよく、女友達の多い彼女。私もすぐに友達になった。しかし、私は会社の方針に馴染めず、一年で退社、同業種の別の会社に移った。彼女もその後すぐに同じ理由でまた別の会社に変わっていたのだが
その会社というのが、個人で営業している小さな会社で、30代半ばの、もっさりとした冴えない社長と、社長のいとこだという、お局様の独身のおばちゃんと、若い男の子女の子の数名で成り立っていた。

どういうことをやっている会社なのかよく知らないが、A子もそこで、他の若い子達と一緒に事務所に詰めたり、取引先回りをしていたらしい。
私も頼まれて、何回か宛名書きのバイトに行ったこともあったが、気さくな社長、親戚の気安さからか社長よりも更に態度のでかいお局様、若い男女社員などと一緒に過ごし、和気藹々とした社風が少し羨ましく思えたものだった。

特に社長さんはA子の友達である私にも、何度も食事をおごってくれたり
飲みに連れて行ってくれて、ずいぶんお世話になったものだった。

気前のいい社長さんだなぁ・・と思っていたら
何のことはない、いつの間にかA子とできていたのだった。
これにはちょっと驚いた。

というのも、A子は、親友の私がどうひいき目に見ても
可愛い、とか、きれい、とかいうご面相ではなく
性格はいいのだけど、容貌的にちょっと、いや、かなり不利な女の子だったのだ。
(もちろん自分のことは棚に上げておりますが)

そんな彼女の初のカレシが会社の社長さんなのであった。

「へぇ・・お金持ちのカレシかぁ~やったじゃん」と単純に思った私。

「できている」は不適切な表現かもしれない。
A子の言葉を借りれば「体の関係はない」ということなのだが
そんなことがあるだろうか?
30半ばの男と20代半ばの女である。

「会社の人たちにバレるといけないので、絶対に言わないでよ」とA子から念押しされたが、どうやらかなり前からつきあっていたらしい。
何がきっかけだかわからないが一人暮らしの彼女のアパートに入り浸り
漫画を読んで、食事しているらしい社長・・。
そんな二人に体の関係がないなんて??

そして、いい年した社長には家庭があるのではないか?
妻や子供がいるのではないか?

そんな疑問に彼女が答えた。



・・つづき~~。

卵かけご飯と堂本さん [思い出]

先日テレビを見ていて知ったのだが、
今や卵かけご飯が大ブームだそうだ。

卵かけご飯なんて、別に目新しい物でもないのに
何故今更?という気がしないでもない。

島根県のほうで、卵かけご飯シンポジウムが開かれたり
どこぞの高級料亭の卵かけご飯が紹介されたり
卵かけご飯専用醤油だの、○○産の米、卵、削り節に海苔までこだわった、究極の卵かけご飯が取りざたされているらしい。

が・・私の中の究極の卵かけご飯と言えば
なんと言っても、「二十四の瞳」でお馴染みの壺井栄が書いた「坂道」という童話の中で出てくる卵かけご飯だ。

多分私が小学3~4年生の時の国語の教科書に載っていた話だ。

戦後間もない頃の話だと思うけど、主人公の女の子の家に居候していた堂本さんという若いお兄さんが、職探しに出かけるけれど、なかなか見つからないといった話で、「なんだ坂こんな坂・・」と声を合わせながら荷車を引いて坂を上る場面があったように思う。

ある時、職探しがうまくいかなかったのか、堂本さんががっかりして家に帰ってくると
お母さんが、女の子に「卵を二つ買っておいで」と言いつけて
女の子は農家かどこかに買いに行き、大事に懐に抱えて持って帰ったのだった。

当時は戦後の食糧難の頃で、卵も白米も貴重品で滅多に食べられなかったと思うが、女の子が家に帰ってみると、アツアツのご飯が炊けていた。
みんなの見守る中、炊きたてのご飯に買ってきたばかりの卵を落としてかきこむ堂本さん。

女の子やその兄弟は、滅多に口にすることのない卵かけご飯を食べる堂本さんを固唾を呑んで見守った。
残ったもう一個の卵を今度は自分達の番だと思っていたら、堂本さんはおかわりをして、もう一杯卵かけご飯を食べてしまい、女の子がとてもがっかりしたという話だった。

アツアツの炊きたてのツヤツヤご飯にオレンジ色の黄身がこんもりと盛り上がって
トロンと流れる透明の白身。
堂本さんは醤油をかけたのだったかどうだか、細かい部分は覚えていないし
本当にうろ覚えなのだけど、アツアツの卵かけご飯を惜しげもなくふるまうお母さん、それをかきこむ堂本さん、一生懸命見守る子ども達・・忘れようとしても忘れられない光景だ。こんなに美味しいものが世の中にあるだろうか?そう思いこませるに十分なほど、それはそれは美味しそうな描写だったのである。

影響されやすい私はその日の夕食時に、堂本さんのように、炊きたてご飯で
卵かけをして食べたけど、そんなに感動するおいしさではなくて、がっかりしたことも覚えている。

夫は、大したおかずがない日は、必ず卵かけご飯をする。
おずおずと「卵かけにしていい?」と私に聞く。
私は「フン!大したおかずが無くて悪かったわね」と憎まれ口をきくが
きっと、夫の中にも、卵かけご飯は特別・・といった思いがあるに違いない。

ドッキリな贈り物 [思い出]

日曜日に古いタンスから新しいタンスへ入れ替え、ついでに夏物も出したりして
上を下への大騒動の我が家。。

ところで、私の下着を入れている引き出しから、思いがけない物が出てきました。

法事や学校行事ぐらいしか、スカートやワンピースを着ることがないので
スリップ等はタンスの奥深くに納めているのですが
そのスリップ類を出して、たたみなおしていると
その下から、封筒に入ったある物が出てきました。

ある物とは・・総レースのショーツです。ぎゃ~~!

数年前、ネットを始めて間もない頃に、ネット上で親しくなったある方(女性)がいました。そして、彼女のご主人が下着のネットショップを立ち上げることになったので
アンケートに答えてくれないか・・と言ってきたのです。

最初「下着のアンケート」と聞いて、さすがに二の足を踏んでいた私ですが
その頃、一緒に親しくしていた仲間も、どんどんアンケートに答えているようだったので
私も答えることにしました。

ネットショップ利用の頻度や利用金額等のごく一般的な質問に加え
下着に関する質問もあったのですが、特におかしな質問はなく
メールで返信すると、すぐにお礼のメールがきました。

それから、二週間ぐらい経ってから「お礼に・・」と来たのが
上記のレースのショーツでした。
それも差出人が彼女の夫の名前!(゚ロ゚)ギョェ

いや~~ものすごい物でした。
股の部分だけ3×6cmぐらいの薄い布が貼ってあるだけの
白の総レース。

いったい、これをいつはけというのか??
花瓶敷きにしようかしら?
世の中の女性は、ひょっとしてフツーに、こんなものはいてるのかしら????


どぎまぎしながらも、そっとタンスの奥深くに封筒に入れたまま
仕舞い込んでいたのでした。

そして、時々、下着の入れ替えをする度に
出してみては苦笑・・また、そのまま仕舞い込み・・を繰り返し
ここ2~3年は忘れてしまっていたのでした。

そして、先日、またあらためて、こっそり出してみて
一瞬躊躇したものの。。。。。結局捨ててしまいました。

その彼女とは、その後しばらくしてつきあいがなくなり
ネットショップも立ち上げたことは立ち上げたけど
普通の雑貨ショップで、下着など扱っていませんでしたし
ショップも結局すぐに閉鎖。

その頃の仲間で連絡が取れる人は殆どいません。

いったい、彼女はどうしているのか?
レースのショーツを見るたび思い出しますが

もし私の身に何かあって、夫か親戚が引き出しの整理をした時に
男の名前入りの封筒に入った、レースショーツを見つけたら
どういう気持ちになるだろう・・と考えて
ゴミに出すことにしたのでした。

あ~~、でも、やっぱり取っておけば良かったかな~。
でも、誰にも見せる人いないしな~~。
夫に見せても怪しまれるだろうしな~。


初めてのお見合い [思い出]

初めてお見合いなるものをした相手・・これも何だか変なヤツだった。

もう何回もお見合い経験がある、いわゆるエリートサラリーマンってヤツだった。
26にもなって(と親は言う)、結婚相手一人見つけられない不甲斐ない私に業を煮やした親が知り合いに頼んで、私にとって人生初めてのお見合いの運びとなった。

なんで、お見合い歴が何十回もある、そんなへんてこりんな野郎を
私のお見合い相手に選んだのか、仲人さんの気が知れないが
相手は「理想が高くて、なかなかまとまらない」のだそうである。

写真と釣書を見たけど、年は三つ違い、出身大学・大学院もなかなかよろしい。
仕事も関西の大手電機関係の会社勤務である。雰囲気もまぁまぁ。
何回もお見合いしている猛者・・というのがひっかかるが、親が一生懸命勧めるので
一応会ってみることになった。

双方、母親が付き添いの元、夏の盛りに、仲人さんをはさんで
ホテルの部屋で会うことになった。

実家は大きな農家という彼の母親は、田舎の人らしく
化粧気もなく、地味な女性。指の爪に泥のこびりつきがあり
働いている人の手という感じで、お母さんは感じが良かった。

・・が、肝心の相手の男性が、なんだかなぁ・・。
ピンと来ない。

その上、二人きりになった時、最初に言った言葉が
「今まで一回もお見合いしたことがないんですか?それは何か理由があるんですか?」と聞きやがった!!

ムッキ~~!
失礼なヤツだ!

「別に理由はありません。したいと思わなかったから。
あなたは何回もお見合いしてらっしゃるの?」と聞くと
「えぇ、まぁ」と歯切れの悪い返事。

それから、街に出て、話ながら並んで歩いたが
車道側へ回り込もうと必死の彼(笑)
「何やってんだぁ?」と思ってると
「女性を内側にするのがマナー」とかなんとか言ってやがる。

プッ。ばっかじゃねぇ~の?
どうでもいいじゃん、そんなこと。

歩いていると、ちょうど、障害者支援だか保護法制定を求めてのデモ行進に遭遇した。
障害者とおぼしき人達が歩いている。

それを見て一言。

「暑いのに、ご苦労様って感じですね」ときた。

げ~!勝手に言ってろ!
「ご苦労様」はアンタだろ?
このくそ暑いのに、お見合いなんかして!
(あ・・アタシもか・・)

その言葉で、「あ~~この人とは合わないな」と決定打。

その後、もう一回会ったが、私はずっと感じ悪い女だったはずである。

しかし、母や姉が話をどんどん先へ進めるので
「どうなるのかなぁ?」と思っていると
何日か経って

あっちから先にお断りの返事が来た。

んまぁ~~~!なにさ!ばっきゃろ~!
断るんなら、こっちが先だ!

私も親も初めてのお見合いで何をどうして良いものか
分からなかったとは言え、先に断られたといういや~~な結果を残して
このお見合いは終わったのだった。

その後、何回かお見合いをし、分かったことは
お見合いってのは、スピードが大事。
うじうじと、「どうしよう?どうなるんだ?」と思っていたらダメってことである。

感触がよければどんどん会う。
まったくダメなら、早めに断る。

お互い、次から次へと新しい相手を求めて
見合っているのだ。

見合って、見合って・・・GO!なのだ。

これからお見合いをする皆様。(いまどきいるのか?)
素敵な相手と巡り会われますように!

あ~~ほんとうにイヤなヤツだった!



メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。